トップ (メニュー)  >  既発表記事  >  イラク戦争・中東情勢  >  米国の政治的道具はもう御免━士気低下した ファタハ兵士 ハマス・ガザ占領の真相(1)
 イスラム過激派ハマスはガザ地区で電撃攻撃を実施、短期間でアッバス大統領率いる穏健派ファタハ部隊をヨルダン川西岸地区へと放逐。この結果、パレスチナ自治政府はハマス占領のガザ地区とアッバス派のヨルダン川西岸地区とに分割された。米、イスラエル、欧州連合(EU)はハマスを排除して17日に組閣された非常事態暫定内閣へ経済支援を始めた。逆にハマス政権は崩壊の危機にある。しかし、ハマスの電撃的勝利は、米、イスラエルと内通したアッバス派黒幕が率いるガザ地区先制攻撃を察知しての防衛行為で、嫌米感情の蔓延するファタハ兵士らにハマスに抵抗する力はなかった。米政権のボタンの掛け違いで混迷を深めるパレスチナ情勢の真相を3回に分けて報告する。 
 
 ハマスの戦闘員は先週、パレスチナ自治政府のアッバス大統領支配下にあるガザ地区偵察隊・治安部隊のすべての要塞を急襲し数日で占領した。米政府は大いに慌てふためいた。書類上では、アッバス大統領に忠実な戦闘部隊がハマスのそれより頭数だけでなく、武装力においても優位に立っていたからだ。
 
 一体何が起こったのか。ひとつは、ハマス一流の周到に計画された組織力がファタハを圧倒した。第2に、ハマスが短期で勝利した理由は、明らかに同大統領派のファタハの兵士らが初めからハマスとの戦闘への参加意欲に欠け、脱走さえ試みるほど士気が低下していたためだ。ガザ地区のファタハの戦闘員がはっきりと告白しているように、彼らは米国、イスラエル両政府の意のままになる、政治の道具として使われることを望まなくなったためである。 
 
 数ヶ月にわたるアッバス派との戦闘を終結させ、それによってファタハ兵士の大半を自陣営に招き入れるため、ハマスと連携するパレスチナ自治政府の1部勢力はなぜ「今や軍事攻勢の時が来た」と決断したのであろうか。イスラエル軍に占領されているヨルダン川西岸ではハマスはガザ地区ほど力がなく、適時軍事力を行使することもままならない。こんな不利な条件を承知でガザを掌中に入れた。 
 
 ガザ地区とヨルダン川西岸という2つの占領地域は差し当たり分割された状態となる。しかし、ハマスの支配するガザ地区住民は米国と欧州連合(EU)による財政、経済制裁で干上がってしまう恐怖にさらされている。ガザ地区では電気、飲料水、暖房用石油、さらに大半の食料品がイスラエルからの輸入に依存せざるを得ない状況にある。 
 
 イスラエル政府がこれらの供給を暫定的に維持していくと通告したものの、本当に継続するかの保証はまったくないのである。実際、イスラエルは生活物資供給の中断を強化し始めている。さらには、この数ヶ月間議論されているように、新たなイスラエルの大掛かりな攻撃がガザ地区の人々を恐怖させている。 
 
 ハマスは選挙の実施を放棄し、今や誰もそれを考えていないため、一般住民はガザ地区からの脱出を考えている。パレスチナ自治区議会のハマス党議長代行であるジャージャ・ムサは「ダーラン派の反乱に対し機先を制する必要があった」と語った。ダーランの反乱計画は米国とイスラエル、そしてアッバス大統領が協議して決めたものである。 
 
▼ 暴徒の首領 
 
 モハマッド・ダーランはアッバス大統領の安全保障顧問で、国家安全保障会議を主宰していた。だが、同大統領は6月11日、会議解散を命じている。ハマスも委員を送り込んでいた同会議は多くの治安機関の活動を監視し、調整する義務を負っていた。 
 
 1993年のオスロ和平合意以降、ダーランは故アラファト・パレスチナ解放戦線(PLO)議長がイスラエルや米国の軍隊、機密機関と接触する際の調整役として最も信任を置いた人物である。また、ハマスにおいては、1990年代に多数のメンバーが彼の手で投獄されているため、ダーランは最も憎悪すべき人物となった。 
 
 反対勢力に対する彼のスピーチは監獄の拷問台から処刑場にまで響き渡った。テロリストの基盤を破壊するという彼の責務は、PLOとイスラエルとの間の合意事項の1部にすらなった。だが、ファタハ内部においても、ダーランは長い間批判にさらされてきた。 
 
 彼はPLOに対して米国やイスラエルが設定した目標を強要しようとした。このためガザ地区のファタハ所属の大物政治家であるアーメド・ヒラスはこの4月、ダーランを非難した。「彼はパレスチナとイスラエル間の占領問題を話し合いによって解決可能と考える一方で、パレスチナ内部の対立を武力で処理しようとした」とヒラスはダーランについて語っている。(2007年4月19日付エルサレム・ポスト) 
 
 ハマスがガザ地区から早々とファタハを駆逐して勝利した後、ファタハのダーランに対する新たな攻撃が始まった。多くの人々が敗北はダーランの責任だと考えた。ファタハを破壊し、その顔に泥を塗ったとしてダーランを革命裁判所に訴追しようとする動きさえある。 
 
 しかも、ガザ地区でファタハとハマスが激しく戦闘を繰り広げている間、ダーランはガザから姿を消し、療養を名目に数週間もエジプトに滞在していた。実際、ダーランの隣国での滞在がハマスの破壊活動を誘発したとの憶測すらある。 
 
 ハマスはダーランの率いる部隊の暴動に先制攻撃しただけだ、との主張についてはこれから数日かけて詳細な情報が開示される見通しである。さらに重要な手がかりは去る5月初めに報じられたイスラエルとアッバス大統領との間の非公式合意に見出せる。 
 
 この合意をめぐる交渉はコンドレーサ・ライス米国務長官の提起した構想に関して行われた。起草者はケイス・ダイトン米陸軍少将である。彼は米国のパレスチナにおける安全保障調整官としてアッバス大統領配下の武装勢力が取り組むありとあらゆることに口を挟んできた。 
 
 合意の核心は互いにギブ・アンド・テークするとの意識で日程的に定められた達成目標を細かく計画したものだった。このほか6月1日に開始する予定だったヨルダン川西岸地域でのイスラエルの支配強化、道路封鎖など多くの合意項目に盛り込まれていた。 
 
 その上に、イスラエルは米国のライス長官とダイトン少将の提案に沿って武器、弾薬、軍事攻撃関連品をアッバス大統領支配下の部隊に供給する義務があった。パレスチナ側で、ダーランは遅くとも6月21日までにガザ地区を広範囲な軍事活動で先制する計画を委任されていた。 
 
 公式にはエジプトとの国境地帯でのミサイル売買契約や密輸を阻止することが挙げられ、そのために必要な武装部隊を同21日までに配備することが期されていた。5月初旬当時、双方がこの日程に沿って義務的に和解するかはまったく不明であった。 
 
 イスラエルの日刊紙ハーレツによると、アッバス大統領側からは同意のシグナルが非公式に送られ、非常事態宣言と共に組閣されたオルメルト暫定内閣の基盤はまだ固まっていない。6月10日(日曜)には、アッバスははっきりとした使命感をもって検問所に行列する人々を立ち退かせる取り決めを結ぶようイスラエルに要請した。 
 
 少なくとも(アッバス派)パレスチナ自治政府は(イスラエルとの)統合スケジュールを拘束力あるものとしてみており、交渉の一部は完了したと考えていると結論できる。

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